コーヒーハウスとは?歴史やイギリス近代社会に遺した足跡をたどる

コーヒーハウスとは、コーヒーを飲む憩いの場のこと。かつては貴重な飲み物であった、コーヒーを楽しむ場所=社交場という時代がありました。その社交場こそ、コーヒーハウスです。現代のコーヒーハウスとは雰囲気が大きく違ったようですよ。そこで今回は、コ-ヒーの歴史を語る上で外せないコーヒーハウスの歴史とその役割を紹介します。

1.コーヒーハウスの歴史

コーヒーハウスの起源は、17世紀のヨーロッパとされています。特に大ブームとなったのがイギリス。ほとんど未知の飲み物だったコーヒーは、コーヒーハウスの人気とともに瞬く間に普及したようです。コーヒーハウスが開店し、定着するまでの歴史をご紹介します。

コーヒーハウスの誕生はいつ?

コーヒーハウスといえばイギリスの文化。コーヒーハウスの起源もイギリスと表現されることが多いですが、コーヒーハウスと呼ぶかカフェと呼ぶか、それとも喫茶店と呼ぶかの違いであり、もともとコーヒーを提供するお店はありました。

飲み物としてのコーヒーが誕生したのは14世紀のイエメンと考えられています。15世紀にはアラブ世界全体に浸透し、1554年には世界初のコーヒーハウス「カフェカーネス」がイスタンブールに誕生しました。
ヨーロッパに最初にコーヒーが伝来したとされるのはイタリアです。1645年、ベネチアにヨーロッパ初のコーヒーハウスを開店しています。

ロンドンにコーヒーハウスが開店したのは1652年のことです。大人の社交場として人気を集め、その後フランスやドイツなどヨーロッパ全土に広まりました。コーヒーハウスではなく華やかなカフェとして定着することとなります。

これらの歴史から、コーヒーハウスの誕生は1652年のロンドンと語られることが多いです。

イギリスでのコーヒーハウスの発展

コーヒーハウスブームの火付け役となったのはロンドンのコーヒーハウスですが、イギリスに初めてコーヒーハウスができたのはオックスフォードとされています。

時は1650年。オックスフォードはロンドンから列車で1時間ほどの英国最古の学生の街で、コーヒーハウスも学生達の間で大きな人気となったようです。

その後1652年にロンドンにコーヒーハウスがオープンしました。誕生までの歴史には諸説ありますが、貿易商がトルコから連れてきた使用人のパスカ・ロゼに、無料でコーヒーを振る舞わせたのが始まりとされます。瞬く間に人気となり、コーヒーハウスのオープンに至ったそうです。

それから約10年の間に2000軒以上、18世紀初めには3000軒以上ものコーヒーハウスがロンドンにオープンし、一大コーヒーハウスブームとなりました。

日本でのコーヒー文化

日本で初めてコーヒーハウスのような店が誕生したのは、1888年(明治21年)のことです。東京下谷に誕生した可否茶館で、当時コーヒーは可否と漢字で表現されていました。

2階建ての洋館で、コーヒーだけではなくビリヤードやトランプ、クリケット、碁、将棋、国内外の新聞や雑誌、書籍が設置され、娯楽施設の様相だったようです。更衣室、化粧室、シャワー室まであったとか。その目的は一般庶民の広い西洋知識の共有にあり、可否茶館は交流の場を目指していたのでしょう。

わずか4年後に閉店してしまいますが、一般庶民向けの喫茶店を開いた功績は大きいといえます。時を経て1911年(明治44年)に銀座に新たなカフェがオープン。こちらも社交場としての役割が大きく、後述するコーヒーハウス独特の役割が初期の日本の喫茶店にもあったようです。

2.コーヒーハウスが果たした役割とは

交流の場としての役割がコーヒーハウスにあったと紹介しましたが、その延長で社会に欠かせないさまざまなシステムが構築されていきました。ロンドンで一大ブームとなったコーヒーハウスが、社会に与えた影響や作り上げたシステムについて紹介します。

コーヒーハウスと政治

「コーヒーは政治家を賢明にする」とはイギリスの詩人ポープの言葉ですが、コーヒーハウスは政治について熱い討論を繰り広げる場となりました。できたばかりの党などは、コーヒーハウスに集って議論を交わし、イギリスの行く末を思案していたようです。

ジャーナリズムの形成

コーヒーハウスが果たした役割の中でも特に大きなものが、ジャーナリズムの誕生です。この頃から多く誕生していた新聞や雑誌などが、コーヒーハウスに行けば無料で読むことができました。

反対に、ジャーナリストはコーヒーハウスに出向いて情報を収集することも多かったようで、コーヒーハウスはまさに最新の情報が行き交う場所だったのです。

商取引や株取引の実施

政治の話だけでなく、商業に関する話も活発に行われました。商人が情報交換をしたほか、商談も行われていたようです。さらに株取引が行われるコーヒーハウスもありました。

大手保険機構・ロイズの誕生

世界でもトップクラスの規模を誇る大手保険機構のロイズは、ロイズコーヒーハウスから誕生しました。他のコーヒーハウスと同様、情報の共有と収集や商取引が行われていた店です。

もともと客のなかに船乗りが多く、船舶情報をまとめたロイズニュースを発行、それが派生して海上保険の取り扱いへと発展したとされます。

郵便局でもあったコーヒーハウス

当時のイギリスはまだ戸別の郵便配達制度が完全ではなく、コーヒーハウスに留め置いてもらう私書箱のような役割を担っていました。

郵便物の集配の役割もあったほか、外国へ向けた郵便物をとりまとめていたようです。それらの郵便物は、海外へと渡航する船の船長がコーヒーハウスをまわって集めていたとされます。

文化人から貧困層まで

コーヒーハウスは、お金を払えば誰でも利用できました。西欧は上流社会と下流社会の線引きが根強く、両者が関わることは滅多になかった時代において、誰でも利用できるコーヒーハウスはとても異質だったといえます。政治だけでなく、文学や演劇、ファッションなどさまざまなテーマについて身分や立場の垣根を超えて談義できる場所でした。

3.コーヒーハウスにまつわる逸話

最後に、コーヒーハウスにまつわるちょっとおかしな逸話をご紹介します。

コーヒーハウスに入り浸る男性陣に女性が物申す!

実は当初のコーヒーハウスは、女人禁制。多くの男性がコーヒーハウスに入り浸ることに腹をたてた女性達は、なんと市長に嘆願書を提出したそうです。夫婦生活に支障をきたすためコーヒーハウスを廃止にするよう求めるものでした。

コーヒーハウスの雰囲気はアラビアン?

もともとコーヒーはアラビア半島から伝来したもの。現代は、カフェラテなどヨーロッパ発祥の飲み方やシアトル系コーヒーが普及しているため、日本ではアメリカやヨーロッパのイメージがあります。ですが、当時のイギリスではアラブからやってきた飲み物という印象が強くありました。そのため、コーヒーハウスではお酒は提供されず、コーヒーにチョコレートやたばこと、少しエキゾチックな雰囲気だったようです。

4.コーヒーハウスに思いを馳せ至福の一杯を楽しむ

純粋にコーヒーの味を楽しむ行為を超えた存在意義があったコーヒーハウス。1人の時間を楽しむというより、多くの人と会って情報や意見を交換し合う場所だったようです。

当時のイギリスは清教徒革命や王政復古など、政治的な大局面の真っ只中でした。その背景にあって、さまざまな社会システムを構築するに至ったコーヒーハウスの役割は想像以上に大きかったことでしょう。

偉人が通い舌戦を繰り広げたコーヒーハウス、そんな歴史に思いを馳せながらコーヒーを楽しんでみませんか?

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